「カーテンコール」(川島なお美、鎧塚 俊彦著)の内容と感想についてです。
女優の川島なお美さんの胆管にがんが見つかったのは2013年に受けた人間ドックでした。
胆管は肝臓から胆嚢、膵臓へとつながっていて、肝臓の中を通る胆管部分にがんができるものを肝内胆管がんといい、川島さんのがんがこれにあたります。
胆管がんは膵臓がん同様に予後が良くないがんとして知られています。
目次
川島なお美のがんはワインが原因なのか?
川島さんはワイン好きなことで有名で、「私の体はワインで出来ている」と語っていたほどでした。
お酒と胆管がんには因果関係はないとされていますが、著書に書かれたそんなに強くないお酒を、長年にわたって嗜んできたからか
という一文が私はとても気になります。
食事の途中で酔いつぶれて、その場で寝てしまう……なんて日常茶飯事でしたが。
とも書かれています。
アルコールは分解される過程でアセトアルデヒドという毒性の強い物質を生成します。
お酒が強い人はアセトアルデヒドを短時間で分解しますが、それでも飲み過ぎれば身体にダメージを与えます。
お酒が弱い人が大量のお酒を長年飲めば、やはりがん発症と無関係とは言えないと思います。
⇒アルコールの分解 あなたはどのタイプ?アセトアルデヒドとお酒の関係
がん発見後の行動
子宮がんの手術経験があるマネージャーが、その取り残しを再手術せず、がんと共存していることから、川島さんも一旦は「手術はしない」と夫である鎧塚さんに伝えます。
そして、本やネットを徹底的に調べ、どう治療すればよいかを探ります。
自分が健康のために受けていたPET/CT検査で被曝していたことにもこのとき気づき、15年間(毎年ではない)の被曝を後悔しています。
川島さんが決めたことは、もうPET/CT検査は受けない、抗がん剤治療はやらない、ということでした。
その後旦那さんからもっと幅広く意見を聞いたほうがいい、というアドバイスを受け、納得するまでセカンドオピニオンを受け続けることを決意します。
セカンドオピニオンとして最初に受けた大学病院では、悪性なので手術するべき、と言われます。
川島さんは相手が切りたくてうずうずしていると感じ、ここに戻ってくることはないだろうと思います。
近藤誠先生のセカンドオピニオン
2番目に受けたセカンドオピニオンは近藤誠先生です。
本の中ではM先生となっていますが、明らかに近藤先生を指しています。
Mはファーストネームのほうの頭文字です。
「がんもどき」と診断されることを期待していた川島さんですが…。
「胆管がんだとしたらとてもやっかいだね。2、3年は元気でいられるけど、ほうっておいたらいずれ黄疸症状が出て肝機能不全になる。手術しても生存率は悪く、死んじゃうよ」
期待とは異なる残酷な宣告でしたが、すぐさま先生はラジオ波による治療を提案します。
すでにラジオ波の名医のセカンドオピニオンも予約していた川島さんはこの言葉に勇気づけられます。このとき近藤先生は別の病院を勧めていたようですが、すでに予約してあるとのことで、「じゃあ大丈夫だ」と川島さんを送り出します。
セカンドオピニオンは保険適用がありませんが、それにしても近藤先生の料金は20分30,000円(税別)と高額です。
ちなみに川島さんは近藤先生の本に感銘を受けてセカンドオピニオン外来を受診していますが、放置療法に関しては否定的で最後まで諦めず治療法を模索すると宣言しています。
川島さんは近藤先生の抗がん剤はやめるべきという主張に関しては強く同意しながらも、放置はしないという独自の哲学を持っていました。
⇒がん治療の問題点!近藤理論による標準治療の危険性と放置療法について
ラジオ波はできない
こうして訪れたラジオ波の先生ですが、胆管がんはラジオ波では取りきれない、と言われてしまいます。
元々紹介してくれた先生が、胆管がんならラジオ波と言っていた上に近藤先生もラジオ波を勧めていたわけですが、なぜか出来ないという不可解なことがここで起こります。
この先生の勧めた方法は肝臓を1/3切除する外科手術でした。
私は、ここでもう一度近藤先生に確認して、先生の勧める病院でも意見を聞いて欲しかったと思ってしまいましたが、近藤先生とのつながりはここで切れてしまいます。
こうして川島さんの治療法探しはまだ続くことになります。
腹腔鏡手術を受ける
最終的には腹腔鏡手術の名医と言われるK先生のもとを訪れ、この先生の温かい人柄にも惹かれ腹腔鏡手術を受けることを決意します。
このとき最初の発見時よりも腫瘍は大きくなっていました。
手術は予定より4時間オーバーの12時間という大手術でしたが、開腹することなく腹腔鏡でがんは取り除かれました。
退院後一度検診に訪れますが、信頼していたK先生には「遠いのでもうここへは来る必要ない」と言われ、がっかりします。
川島なお美さんの腹水と最期
川島さんが執筆したのは愛犬の死についてまでで、再発以降の記述は鎧塚さんによるものです。
川島さんは自分の余命を医師に尋ねることはしませんでしたが、再発後夫の鎧塚さんはK先生に電話を入れ余命を確認します。
先生の答えは「もって1年」というものでした。
仮に抗がん剤治療をしても同じというのが先生の見解です。
午後になると38度の熱が出るようになりましたが、それでも川島さんは主演ミュージカルの舞台に立ち続けました。
さらにお腹に溜まるようになった腹水が川島さんを苦しめます。
水を抜く治療を受けてもすぐに溜まってしまうようになっていました。
鎧塚さんによると、手術による肝臓の接合面から水分が滲みだしたらしい、とのことです。これを読むと、やはり手術は受けるべきではなかったのでは、と思ってしまいます。
死因について
2015年9月24日、最後は吐血して容体が急変、意識が薄れ大きな息をついて亡くなりました。
最終的に死因は胆管がんによる肝不全ということになるでしょう。
肝不全の状態では肝臓が老廃物を処理できなくなり、アンモニアなどの毒が脳に行ってしまい、肝性脳症となり意識が無くなります。
川島なお美が受けた治療とまとめ
川島さんが受けた治療は手術以外に、食事療法、温熱療法、ビタミンC療法、ごしんじょう療法(金の棒で体をさすり邪気を払う)、免疫療法、血管内治療、漢方、マイクロ波治療とありとあらゆる治療法を試しています。
お金も相当使ったようですが、治癒には至りませんでした。
標準治療を支持する人は、最初の発見時にすぐ手術していればもっと長く生きられたと言いますし、近藤先生は手術することで転移を早めると言います。
私の感想としては、このがんは寿命であり天命だったのではないかと思います。
本を読んでいてこうすれば助かったのにという感じはしません。
川島さんが最期まで舞台に立ち続け、それを見守った鎧塚さんとの関係は読むものを強く感動させるものでした。